母の喪服

母の喪服

大正生まれの
母方の103歳の祖母が
老衰で息を引き取り
母に喪服を着付けた
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有難いことに祖母は
数週間前から「もう長くない」と
お別れの心の準備をさせてくれた
長いこと徳を積んだ祖母の葬儀は
数百人もの参列者が予想され
娘である母は感傷的なってはいられない

「お太鼓、大きくない?」と母

女性が表立って
モノを言えぬ日本の伝統
冠婚葬祭では特に視覚的に
想いを表現するところがある

最近の若い美容師さんは
そこのところの奥行のない
教科書通りの方も多いという

若い娘さんや
華やかな席では
大きめの正方形に近いお太鼓でもよいけど
歳を召した方や着物を知る者は
悲しみを表す場面で高い位置で
背中のお太鼓が主張するのを嫌う

魂が抜かれるからと
写真が嫌いだった祖母
縁起を人一倍気にする祖母が
千の風になって
見送りの儀式を見下ろしてるからね

そんな祖母をよく知る母は
小さすぎるお太鼓でなければならないのだ

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祖母との思い出は
たくさんあって
私は外孫なのに本家に入り浸り
大人になって家庭を持っても
おばあちゃんの側で
手仕事の助手をするのが好きだった

作った農作物も
漬物や果物の瓶詰めや小物
年金ですら人のため
いつも手を動かしているような人だった

そういえば
幼い頃、お米のとぎ汁を捨てて怒られ

 

どうせ捨てるなら庭木の根元にやれ
樹にとっては栄養だでな

厳しく叱られたわけではないのに
おばあちゃんの
そういう所を幼心に強烈に尊敬してた

効率とか損得じゃなくて
自分より弱いモノをいつも気に掛ける
自己主張なんか一切しない
「慈愛」そののもだった

 

この世はお盆の中の水のようなものだで
自分の事だけ考えないで
自分からうんと水を差し出したら
お盆のふちにあたって
廻り回って自分に還ってくるもんだでな

 

旦那と子どもに先立たれた祖母
結婚して1年で旦那を兵隊にとられ
女手一つで戦争中は
5人の子供の世話をした

次女を4歳で亡くし
子どもらが成人するころ
旦那が交通事故で若くして他界
跡取りの長男も病気で他界
長男の嫁と二人三脚で
家を守ってきた祖母

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私は、亡くなる1週間前に
奇跡的に話ができたんだけど
「よくきたな」「ありがとう」
って、最後は感謝の言葉しか口にしないの
もはや生き神様に見えたよ

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私にとって母は少々支配的
元気すぎて何でもできるからこそ
ペースを乱されるので敬遠しがち

おばあちゃん
そんな頼りない私が
母にしてあげられる機会を
作ってくれてありがとう
コンプレックスだった母似の丸い鼻
おばあちゃんからの遺伝子だと思えば
やっと誇りが持てそうだよ
もう肉体にしばられないから
きっと、ずっと一緒に居てくれる

ばあちゃん、ありがとう
これからもよろしくね!!